まいらいふ自由帖

引きこもりニートが気になった事や書きたくなった事を自由に情報を発信しています。

【朝ドラ】広瀬すず主演『なつぞら』が最終回を迎えて

f:id:hikikomori-bunkei-neet:20191002192207j:plain

100作目記念となる広瀬すず主演の『なつぞら』が先日最終回を迎えました。

広瀬すずが主演ということもあり、非常に話題になった作品でしたね。

今回は話題になった『なつぞら』のレビューをしていこうと思います。

『なつぞら』を最初から最後まで見た感想

最初から最後まで一応見ましたがそこそこ面白かったです。

私は最初の十勝編が一番好きでしたね。

登場人物が生き生きとしていて、笑いの要素や泣きの要素もあって楽しく見てました。

ただ、中盤から終盤の東京・アニメーション編で急激に失速したように感じました。

最終回も十勝に戻って柴田牧場での話なので、東京・アニメーション編の話がイマイチピンとこなかったです。

キャラも牧場編と比べてそこまで立っているように見えませんでしたし、1話の話の内容が薄く感じてしまいました。

『なつぞら』は個人的には面白かったですが、「東京・アニメーション編は本当に必要だったのか?」と思ってしまうような内容でした。

 

『なつぞら』の『半分、青い。』化

『なつぞら』もツイッターでアンチタグが作られ、2作品前の『半分、青い。』のような状態になりました。

『半分、青い。』ほど荒れていなかったように見えましたが、アンチタグが作られてしまうほど視聴者の反応は悪かったみたいです。

『半分、青い。』も見ていたのでその時も感じていたのですが、『なつぞら』は脚本の粗さが目立つ作品だと思いました。

そのため、アンチタグが作られツイッターでも荒れていたのではないかと思います。

 

ただ、記念すべき100作目になぜこんなにも脚本が粗い作品を作ってしまったのかと疑問に思っていたのですが、ある記事を読んでその疑問が解消されました。

それがこちらの記事です▼

sleepingnana.hatenablog.com

 

非常に的を得ている記事だと思います。

私の疑問がこの記事によって一気に解消されました。

確かに『なつぞら』は「奥原なつ」という人物が中心のドラマなんですよ。

どれぐらい奥原なつという人物が中心なのかというと、『なつぞら』は広瀬すず主演の『奥原なつ』というドラマだと言い換えても過言ではないレベルだと思います。

最初から最後まで常に「奥原なつ」という人物が絡んでくるドラマなんですよね。

そうなると、相対的にエピソードの薄さ・脚本の粗さや登場人物の深い掘り下げやキャラの立ち方などが非常に甘くなります。

ドラマの内容が気になって見始めた人は、ふと気づけば「あれ?そういえばこのドラマ何が面白いんだっけ?」とわからなくなるというわけです。

どこかで感じたことがあるこの流れは『半分、青い。』ですでに起こっていたことなのです。

『半分、青い。』は深い掘り下げもなくエピソードが薄いことから脚本の粗さが目立つ作品でした。

脚本家はガンガン燃料を投下する方だったので、もともと脚本の粗さはすでに指摘されていましたが、それを踏まえてもかなりの荒れっぷりだったのです。

ただ、今さらながらよく考えてみると、こちらも永野芽郁が演じる「楡野鈴愛」というキャラクターに非常に焦点が当てられていた作品でした。

エピソードは薄いものの、ほとんどのエピソードに楡野鈴愛が関わっているか楡野鈴愛に収束していました。

そのため、ドラマの内容から興味を持ち見始めた人には見続けることが辛い作品になりましたが、「楡野鈴愛」が好きな人やその他の登場人物が好きだった人にはそこまで苦もなく見ることができた作品だったと思います。

『なつぞら』も『半分、青い。』と同じように主人公に焦点を当て過ぎたために、ドラマとして大切な部分が欠けてしまい、ツイッターでアンチタグが作られ同じように荒れるという同じ結末を辿ったのだと思います。

 

『なつぞら』が避けるべきだったこと

個人的に避けたほうがいいと思ったことはエピソードの薄さです。

私は、人物に焦点を当てるというやり方は間違っていないと思います。

例えば、大河ドラマは基本的に人物に焦点を当てた構造になっています。

ただ、大河ドラマの場合、偉人であれば生まれてから死ぬまでの「起承転結」が明確に存在します。

つまり、その起承転結にそって話を練ればエピソードが薄くなってしまうということはほぼ無いのです。

織田信長という人物でドラマを作った場合、桶狭間の戦い→姉川の戦い→長篠の戦い→本能寺の変と歴史を揺るがす大きな出来事がありますし、それ以外にも上洛し足利義昭を将軍にしたり延暦寺を焼き討ちしたり安土城を築いたりと盛り上げるサブエピソードはたくさんあります。

このように人物に焦点を当てた作りにしても、エピソードがあればドラマの内容が薄くなることを避けることができます。

『なつぞら』が『半分、青い。』の二の舞を避けようと思うのであれば、もっとエピソードを深く掘り下げてやればよかったと思います。

もっと掘り下げてやれば登場人物の演技も幅が増えてキャラが立ちますし、最終的に奥原なつという人物に収束するとしても、一味違った描き方が出来たような気がします。

ちなみに、個人的には東京・アニメーション編が必要なかったんじゃないかと思います。

北海道から出てきた女性アニメーターという設定なのですが、そもそもアニメーターという設定って必要なのかな?と思いました。

北海道を舞台に一本のドラマを練り上げても良かったような気がするのです。

北海道編でもたくさんの登場人物が出てきましたし、柴田牧場がベースとなって話が展開しても面白かったのではないかと思います。

制作の都合上、おそらく北海道で一本の長期ドラマを作るというのはかなり難しいでしょう。

ただ、中途半端に東京・アニメーション編が入ってしまうのであれば、いっそのこと削ったほうが良かったのではないかと思います。

逆に、アニメーターという設定を推したいのであれば、北海道の柴田牧場に引き取られるという設定が必要だったのか疑問です。

東京を舞台として、孤児だった奥原なつはそのままどこかの家庭に引き取られてそこで愛情を注がれて育ち、漫画映画を見たことをキッカケにアニメーターを目指すでも良かったのではないでしょうか。

北海道の柴田牧場で引き取られ育つという設定と東京での女性アニメーターという設定はどちらもインパクトは強いです。

だからこそ、無駄を省きどちらかに絞ってそれを活かすべきだったのではと思います。

 

それでも『なつぞら』は話題になった

アンチタグが作られた『なつぞら』ですが、平均視聴率は21.0%と高視聴率を維持していました。

面白くないと感じる人もいた反面、面白いと感じ見続けていた人もいたわけです。(ここにはアンチも含まれていると思います)

私も「よくわからない部分多いな」と思いつつ、なんだかんだでほぼ全ての話を見ていました。

特に、北海道編の登場人物達が好きだったので東京・アニメーション編の失速を感じつつも好んで見ていたということもあります。

 

上記の引用記事で取り上げられていたのですが、『なつぞら』は「小テーマ完結型」のドラマなのです。

なつぞら』も,「小テーマ完結」でパートごとに見ると,「おんじとアイスの話」「一久さんのアニメ制作観」「天陽くんの死」など,連続性や整合性を持って素晴らしく感動的に描かれたものが存在しています。

しかし,全体を通して見た時の連続性や整合性はありません。

「なんか,なつは,天陽くんが死んでソウルメイトみたいに扱ってるけど,おまえ,上京してから全然天陽くんのこと思い出してる素振りなかったじゃん…」

みたいなことを突っ込んではいけないのです。

「小テーマ完結型」にはメリットがあります。

それは,しばらく視聴を逃してしまっても,また容易に戻ってこられることです。

とあるように、途中で見るのを止めてしまっても、どこからでも見直すことができるんですよ。

視聴者を獲得するという意味であれば、どこからでも見ることができるというのは大きなメリットになります。

ツイッターで話題になりトレンドに乗ることで、今まで見ていなかったけどトレンドで見かけて興味を持ったという人が現れた場合その視聴者を簡単に獲得できます。

導入部分のハードルが非常に低いので、今までドラマを見なかった層の人達も取り込むことができるのです。

その結果、平均視聴率21.0%という高視聴率を獲得できたのかもしれません。

どのタイミングから見始めても、広瀬すず率いる豪華俳優陣を見ることができて尚且つそこそこ話がわかって面白いとなれば、普段からあまりドラマを見ないライト層にとっても非常にありがたいですよね。

 

終わりに 

今回は最終回を迎えた『なつぞら』について書いてみました。

批判的な意見も多かったのですが、個人的にはそんなに悲観するような内容ではなかったと思います。

面白かったですし『なつぞら』から朝ドラを見始めたという人も多いのではないでしょうか。

次回作は戸田恵梨香主演の『スカーレット』です。

まだ始まったばかりでこれからですが楽しみですね!